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 コロナ禍による世界的な混乱を解決する決め手として、新型コロナウイルスワクチン接種が加速しており、ワクチンの接種義務化、あるいは飲食店などの施設・サービス利用に当たってワクチン接種を条件化しようとする諸外国の動向が連日のように報道されています。

 筆者も先日、2回目のワクチン接種を終えたばかりです。幸いにして副反応も巷間流布されているイメージよりも軽く済みました。モデルナ製でしたが、異物混入問題があった対象ロットとは違うロットであったようで、一安心といったところです。

 ワクチン接種義務化の話題で必ず指摘されるのが、<日本ではワクチン接種は強制ではなく努力義務なので、接種を受けるかどうかは最終的には自己決定権に基づく個人の選択による>という考え方です(厚生労働省・新型コロナワクチンQ&A参照<令和3年8月31日最終アクセス>)。
 これは予防接種法9条の規定で、定期の予防接種(A類疾病)及び臨時に行う予防接種(同法6条)の対象者に当該予防接種を「受けるよう努めなければならない」とされていること(同条1項)を踏まえた考え方であると説明されています。同条2項では未成年者等に予防接種を受けさせるため必要な措置を講ずべき保護者の努力義務を規定しており、同条は、予防接種に関する接種対象者等の努力義務を定めたいわゆる訓示規定であって、直接の法的義務、法的効果は発生しないと解説されています(厚生労働省健康局結核感染症課監修「逐条解説予防接種法」75頁)。

 しかし、誤解されがちですが、努力義務とされていることから、『予防接種の法的な義務付けは一切許されない』との結論まで一律に導かれるわけではありません。
 予防接種法は、伝染病の発生・まん延を予防するため、公衆衛生上の見地から予防接種の実施等の措置、予防接種による健康被害の迅速救済を図ることを目的とする行政法規であり、同法9条の接種対象者の訓示規定も、国や予防接種の実施主体である地方公共団体などの公権力に対する国民の公法上の努力義務を定めたにとどまるものと理解されます。
 したがって、雇用関係や学校・飲食・観光等の施設・サービス利用契約などにおいてワクチン接種の法的義務付けが許されるかどうかは、予防接種法9条の努力義務規定とは別個に、私的自治、営業の自由、契約自由の原則といった私人間の私法的法律関係を規律する原理原則に照らして決定されるべき問題ということになります。
 昨年12月の予防接種法改正により新型コロナワクチンの臨時の予防接種に関する特例措置等が追加され、衆参両院の附帯決議により「接種するかしないかは国民自らの意思に委ねられるものであることを周知する」、「ワクチンを接種していない者に対する差別、いじめ、職場や学校等における不利益取扱い等は決して許されるものではないことを広報等により周知徹底するなど必要な対応を行う」などとされました。しかし、附帯決議については、「国会において、本案である法律案に附帯して、当該法律の実施に際しての希望、留意事項等を委員会が決議するものであり、法的拘束力は無いものの一定の政治的効果はあるとされている」との理解(石井和孝「附帯決議に関する国会議員への意識調査」抄録より引用)が一般的です。上記改正予防接種法の附帯決議も、飽くまでもワクチン接種が公法上の努力義務であることによる訓示的な内容を確認したにすぎず、この附帯決議から、予防接種法9条が私法的法律関係に介入することにより、私人間における予防接種に関する一切の法的義務付けを禁止し、これを違法無効とするような法的効果まで生じさせる趣旨の規定であるとは理解すべきでないと思われます。

 以上の点からすると、飲食店やスポーツ・文化・娯楽・観光施設が来店客・来場者に事前のワクチン接種を義務付け、接種証明(又は新型コロナウイルスの陰性証明)のない顧客の来店や入場を拒絶したとしても、事業者と顧客が対等な私人同士である以上、営業の自由・契約自由の原則に基づく事業者側の自由な経営判断として、基本的には適法となるはずです。
 もちろんこれは飽くまでも原則論です。ワクチン接種率がまだ十分なレベルに達していない現状の我が国でそこまで対策を徹底するリスクをとれる事業者は僅かでしょう。またホテルや旅館では伝染性の疾病の罹患が「明らかに認められるとき」などに宿泊拒否が制限されるため(旅館業法5条)、発熱等から感染の疑いがある宿泊申込者への対応が可能となるように法改正の検討が開始されています(厚生労働省「旅館業法の見直しに係る検討会」)。

 雇用関係においては、使用者・労働者間に指揮監督関係・支配従属関係が存在するため、純粋に対等な私人同士の法律関係とは異なり労働者の法的保護が求められます。したがって、他の感染防止対策(三密回避、マスク、テレワーク推進、消毒・除菌、遮蔽物等)を徹底することなく、従業員にワクチン接種のみを法的に義務付けるような使用者の業務命令は、通常であれば合理的理由がないものと判断され、業務命令違反を理由とする配転命令や降格等の不利益取扱い、更に懲戒処分などは社会通念上相当性を欠いた使用者の権利濫用として無効とされる可能性があるでしょう。
 しかし、例えば医療従事者や高齢者施設等の従事者のように、使用者の業種や労働者の職種により、より厳格な感染防止対策をとるべき高度の必要性が認められる雇用関係においては、他の感染防止対策と併せて従業員のワクチン接種を法的に義務付ける使用者の業務命令も、例外的に許容される余地があります。
 もちろんその場合でも、業務命令違反によるペナルティや不利益取扱いは必要最小限のものでなければならず、ワクチン接種義務違反を理由とする懲戒解雇などはたとえ上記の業種・職種であっても懲戒権の濫用として無効とされる可能性が高いので、せいぜいより感染リスクの低い業務への配置転換程度にとどめるべきでしょう。また、幾ら労働者側に退職の自由があるからといっても、『ワクチン接種しないのであれば退職してくれ』といった使用者側の要求が違法な退職勧奨として不法行為とされる可能性は高いと思われます。
 加えて、当然ですがアレルギー体質や基礎疾患によりワクチン接種が困難な従業員がいる場合も考えられるので、PCR検査による陰性証明書の取得義務付けといった代替措置も併用する必要があるでしょう。労働者の意見聴取など、ワクチン接種の法的義務付けを導入するまで一定の慎重な手続を踏むなどの配慮も、使用者側には求められるところです。
 私法上の労働関係におけるワクチン接種の法的義務化についても、このように必要性と許容性双方の観点から、厳格な要件の下においてのみ許容されると考えることは可能であると考えられます。
 
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 私人間におけるワクチン接種の法的な義務付けを例外的にでも許容する考え方には、個人の自己決定権を尊重する立場からは強い異論のあり得るところでしょう。しかし、治療上の利益と自己決定権という同じ患者個人の利益同士が対立する場面と異なり、ワクチン接種に関しては、致死的な感染症のまん延防止という公衆衛生上の利益、言い換えれば自分以外の第三者の感染リスクと個人の選択とが対立する関係にあるので、私的自治の範囲内でのワクチン接種義務化を肯定し、自己決定権が一定の制約を受けることとなる結論であっても、これを一律に正当化し得ないとまで断定することは行き過ぎであろうと思われます。

 最後になりましたが、本稿中の意見にわたる部分は、筆者の私見であり、筆者の所属する法律事務所又は組織団体の見解ではないこと、また本稿は新型コロナウイルスワクチンの有効性・安全性についていかなる特定の見解をも支持ないし推奨するものではないことをお断りしておきます。

※令和3年9月28日 附帯決議の法的拘束力に関する記述を追記しました。